カンボジア調査訪問レポート
カンボジア
宮内 奈緒07/03/17

 2016年11月のシンガポール・クアラルンプール訪問に続く、2回目のTYA調査訪問が2017年2月6~11日にかけてカンボジアにて行われた。実質4日間でシェムリアップ、バッタンバン、プノンペンの3都市を巡るという強行スケジュールではあったものの、コーディネートをお願いしたPhare, the Cambodian CircusのDara Huot氏、池内桃子氏にご尽力いただき、非常に実りの多い訪問となった。あらためてここで感謝の気持ちをお伝えしたい。

 シンガポール・クアラルンプールへの訪問と異なり、今回のカンボジア訪問では”TYA=Theatre for Young Audiences (児童青少年演劇)”というジャンルへの認識はかなり低いであろうことが予想できたため、TYAという言葉にはこだわらず、カンボジアにおいて舞台芸術が児童青少年とどのように関わっているのかを知るということに目的をおいた。実際にカンボジアに行ってみて感じたのは、まだこの国ではクメール・ルージュの爪痕が強く残っていること、そして特に芸術と教育について考えるとき、カンボジアの歴史を知ることが非常に重要であるということである。私自身不勉強であったため、いろいろなお話を伺う中で、歴史的背景を聞いて納得できることが多くあった。また、長い歴史を持つカンボジアの伝統芸能とコンデンポラリーアートとの関係や、海外のNGOによる芸術活動、そして社会課題へのアプローチのためのツールとしての芸術というのも、今回の訪問の大きなキーワードであったと感じる。

 このレポートでは訪問した3都市それぞれについてまとめた後、カンボジア訪問の総括、そして今後の展望を述べて締めくくりたい。

 まず、最初の訪問地であるシェムリアップであるが、アンコールワットを有するカンボジア最大の観光地である。到着した夜に街に出て感じたのは、まるでテーマパークのようだということである。色鮮やかなネオンがきらめき、あらゆる方向から音楽が爆音で聞こえ、オープンスタイルのバーでは欧米人観光客が飲み明かしている。カンボジア人らしい人たちは店のスタッフか客引きをするトゥクトゥクの運転手ばかりで、自分がどこにいるのかよくわからなくなる。翌日のアーティストとのミーティングで、この観光産業というものがシェムリアップ(またプノンペンでも)の舞台芸術と非常に密接に関わっていることに気づかされた。

 カンボジアでは特に伝統芸能において自分でお金を払って観に行くという習慣がなく、芸能はお金のある人が観せてくれるもの(例えば地元のお金持ちがお祝い事の際に舞台を手配するなど)、という意識が根強いという背景もあり、多くの伝統舞踊家はホテルなどで海外観光客向けに公演を行なっている。実践の場所や収入源があるという面では良いようにも思えるが、報酬面での悪条件や、環境の悪さなど問題も多く、何よりNew Cambodian ArtistsのBob Ruijzendaal氏によると、ホテルだけしか上演場所のないアーティストは他のアーティストと交流の場がなく、同じ内容の公演を繰り返すため新しい芸術に出会う機会が乏しく、アーティストがモチベーションを保つことは難しいとのことだった。そんな中、観光客をターゲットとし収入を確保しながら若いアーティストの育成に取り組んでいるのが最初に訪問したBambu Stageと今回コーディネートをお願いしたPhareである。特にソーシャルエンタープライズとして活動しているPhareのケースは、今回訪問した多くの団体にとって理想的なモデルとして捉えられているようであった。

 シェムリアップでは、Phareの最新作”Same, Same but Different”という作品を観ることができた。サーカスを通してカンボジアのストーリーを語ることをテーマにしているPhareであるが、この作品ではカンボジアを訪れる外国人観光客の姿がカンボジア人の目を通して描かれている。サーカスをベースにした全体的にコミカルで笑いの多い作品ではあるが、おそらくは観客のほとんどが外国人観光客であることを踏まえ、シニカルなツイストをさりげなく散りばめたなかなかに鋭くポリティカルな作品であった。

 シェムリアップで訪問したもうひとつの団体がGiant Puppet Paradeである。ちょうど訪問した時は2週間後のイベントに向けて子どもたちがパペットの創作をしているところで、子どもたちのにぎやかな笑い声が飛び交う中でお話を伺った。今年で11回目を迎えるこのパレードは、特に恵まれない環境にある子どもたちのために活動するNGOを通じて集まった子どもたちとカンボジア国内外の若いアーティストや海外からのボランティアが2週間かけてジャイアントパペットを創作し、シェムリアップの中心地でパレードを行うというものである。カンボジアの学校のカリキュラムには芸術科目が入っていないため、子どもたちとアートの力を共有したいという思いから始まった。もともとは小さなイベントだったのが、今では観光客や地元の人々を含め約20,000人が集まるシェムリアップを代表するイベントになっている。そのため、参加する子どもたちやその家族、シェムリアップに住む人々に取っては自信や誇り、コミュニティへの責任感を培うことができる場となり、最近ではカンボジア国内の企業や団体のスポンサーシップも増え、アートへの関心を幅広くアピールする機会となっている。このGiant Puppet Paradeのように、芸術をツールとして子どもたちや社会の課題に取り組むという形式は、カンボジアにおけるTYAの一つの重要なモデルであると感じた。

 多くの芸術団体が参考にしている印象を受けたPhareの本拠地と言えるのが次に訪問したバッタンバンである。ソーシャルエンタープライズとしてシェムリアップに常設のビッグトップを持ち、年間を通してほぼ毎日公演を行っているPhareであるが、その収益はこのバッタンバンにある学校Phare Ponleu Selpakの運営に回される。芸術分野における政府の助成金がほぼ存在しないカンボジアでは、多くの芸術活動は海外のNGOの支援によって運営されているが、長期的な支援の保証はなく、数年経つと終了してしまうことも多い。そんな中でいかに外からのお金に頼らず自分たちで持続可能な活動を行なっていくかが多くの団体の課題になっているが、その一つのモデルとなったのがPhareである。まだまだじゅうぶんな収益は得られていないとのことだが、Phareの学校でトレーニングを受けたパフォーマーにPhareサーカスが雇用を提供し、その収益が学校の運営、つまり次世代のパフォーマーの育成につながっていくというモデルは、カンボジアの状況をうまく反映した健全な運営方法であると思う。同時に、どうしても助成金に頼りがちになってしまう私たちにとっても大きなインスピレーションとなった。

 カンボジアの学校は、授業が午前中だけか午後だけのため、Phare Ponleu Selpakではそれ以外の時間子どもたちを常に受け入れ、サーカス、音楽、演劇、舞踊、グラフィックデザイン、アニメーションなどのトレーニングを無料で提供している。また、カンボジアでは珍しい幼稚園もあり、仕事で忙しい保護者にとっては子どもたちが安全な場所で過ごすことができると感謝されているとのこと。前述の通りカンボジアの学校には芸術科目がないため、芸術に親しむために学校に来ることもできるが、この学校の特色としては、将来的に仕事につながるようなスキルを習得するためのコースまで無償で受けることができるということである。特にサーカスコースでは、学校内にあるサーカステントで毎週数回公演が行われ、観客の前でパフォーマンスを行う機会も用意されている。サーカス公演はまずチケットを購入した観客が入場するが、残った座席は学校の生徒や地元の人々が無料で入ることができる。私たちが公演を観た際も、半分くらいチケットを持った観客で埋まった後地元の子どもたちや若者が入ってきて満席になった。学校に来る子どもたちにとっても、地域の人々にとっても非常に開かれた学校であるという印象を受けた。地域のほとんどの人々が直接、もしくは子どもたちを通してPhareの学校に関わっていることもあり、アーティストヴィレッジとして成長しつつあるというバッタンバンから、今後どのようなアートが生まれていくのか非常に楽しみである。

 バッタンバンから約7時間の車での移動を経て最後に滞在したのが首都プノンペンである。首都らしい喧騒に迎えられ、まず向かったのはカンボジアを代表する芸術団体Cambodian Living Arts(CLA)である。ここではCLAとそのパートナー団体であり障がいのある子どもたちのための活動を行うKrousar Thmey、そしてカンポット(Kampot)を拠点とし同じく主に障がいのある子どもたちのために活動している芸術団体Epic Artsの方に出会うことができた。時間が限られていたためじゅうぶんなお話が伺えず非常に残念であったが、主に伝統芸能をベースとした新しい試みについてや、遠隔地域での活動、障がいのある子どもたちとの芸術活動についてお話しいただいた。現在カンボジアでは人口の約7%が障がい者であるとのことで、社会からの阻害や差別が社会問題になっている。Epic Artsは、彼らを支援するのではなく彼らの能力を引き出し、芸術を通して社会の一員として生きていく自信を育てる活動をしている。自由な表現を促すために、コンテンポラリーなダンスや演劇の手法を用いている。CLAも、Krousar Thmeyとともに、伝統演劇であるイケーシアター(Yike Theatre)をベースに、現代の人々にとってより馴染みやすく、メッセージを伝えやすくするために、これまでの伝統芸能のルールをあえて破った作品作りで社会問題に取り組んでいる。CLAの活動は非常に多岐にわたり、今回の訪問だけでは伺い切ることができなかったが、団体名の表す通り、伝統芸術を基盤としながら、今カンボジアに生きている人々に寄り添った芸術活動を行なっていると感じた。この日の夜は、国立博物館の敷地内にある劇場で毎晩行われているCLAによる伝統舞踊のパフォーマンスを観ることができた。こちらも主な観客は外国人観光客であり、カンボジアの伝統文化の紹介とともに、団体にとっての重要な収入源となっていることをうかがわせた。

 カンボジアにおけるゲーテセンターの役割を果たすMeta Houseでは、2015年よりカンボジアで初めて、教育省と連携して学校でのシアターインエデュケーションプログラムを行なっている。カンボジア人のファシリテーター、俳優が国内各地の学校を周り、特に児童青少年に関わる社会問題をテーマとした演劇活動を行うもので、教師主導の受身的な教育が主であるカンボジアの学校において、演劇をツールにより自由な表現を促すこのプログラムは非常に成功しているとのこと。2015年に創作された最初の作品は、クメール・ルージュをテーマにしたものだったが、その理由は、カンボジアの現代の若者の多くが自分たちの国の歴史に関心を持たず、過去に起こったことをよく知らないからだという。しかし、現在彼らを取り巻く社会状況はその歴史によって生まれたものであり、未来を考えるには過去を知ることが不可欠であるという思いからこの作品が創作された。2016年には新たなチームができ、より多くの学校を回ることが可能になり、今後さらにチームを増やしていきたいとのこと。しかし、ディレクターのNico Mesterharm氏によると、学校での活動において最も難しいのは、学校長の協力をどのように得られるかということだそう。教育省からの手紙を持っていてもあまり効力はなく、実際に学校を訪れ顔を合わせて話をすることが非常に重要とのことだ。Meta Houseはドイツからディレクターが赴任しドイツ文化を広めることを目的とするゲーテインスティトゥート支部ではなく、オフィシャルパートナーであるゲーテセンターであるとのことで、より自由なプログラムが可能であり、ニュートラルな立場で社会や政治の問題を討論できる場所として、現代のカンボジア社会を反映した活動を行なっている。

 カンボジアの学校カリキュラムに芸術科目を入れることに関しては、CLAが長く政府へのロビー活動を行なっていて、初めてプノンペンの高校で芸術教育のパイロットプログラムが開始された。その後Phareがバッタンバンの高校でも芸術教育を初め、今後Meta Houseも連携し正式に学校のカリキュラムに芸術教育が組み込まれることを目指している。これまで、そして今でもカンボジア国内の芸術活動はユネスコや国外のNGOの支援のもと行われることが多かったが、カンボジアが中所得国となったことでユネスコのフォーカスから外れたこともあり、国外からの支援に頼らず芸術活動を持続させていくため、政府への働きかけが強まっている。同時に国内の芸術団体の連携への関心も高まっており、現在Phareでもカンボジアの芸術団体のネットワークづくりを目指しているという。このようなネットワークができれば、私たちアジアの関係者にとってもカンボジアのアーティストとの情報共有が行いやすくなり、様々なプロジェクトの可能性も広がっていくだろう。

 公共の教育システムからドロップアウトしてしまった子どもたちのために、学校へ戻るための教育プログラムを無償で提供しているのがTiny Toonesである。現在5~18歳の約100名の子どもたちを受け入れ、クメール語や英語、数学といった学校で必要となる一般教養科目と、ダンス、音楽、アートといったクリエイティブなクラスに自由に参加することができる。設立者のKKがもともと自宅で数人の子どもたちにダンスを教えていたのがいつの間にか毎日70人くらいの子どもたちが集まるようになり、学校のシステムから外れてしまう子どもたちの多さを実感したことから、子どもたちが社会に戻っていくための手助けをしようと始めたのがTiny Toonesの始まりである。子どもたちは近隣の様々な地域から集まってくるが、自宅からの車での送り迎えも無償で行い、すべての子どもたちを受け入れている。現在寄付や助成金、ファンドレイジングイベントなどで運営されているがやはりそれだけに頼ることは難しいため、ソーシャルエンタープライズとしてダンススタジオのあるバー・レストラン(Cool Lounge)を始めている。まだ収益を期待できるところまではいっていないが、継続的な収入源とすることを目指している。現代の若者が直面する新たな社会問題(暴力やドラッグなど)をテーマに、ストーリーのあるヒップホップダンス作品を創作し、アメリカやヨーロッパなどでのツアーも行なっている。

 カンボジア全体の状況として、特に舞台芸術においては伝統芸能の基盤が非常に強く、伝統を尊重しながらいかに現代の人々にとって魅力のあるものが作れるか、というのが一つの大きなテーマであるように感じた。プノンペンで出会ったSophiline Arts Ensembleは伝統舞踊にコンテンポラリーダンスの手法を取り入れていたり、Sovanna Phum Artsは伝統影絵人形劇に舞踊や仮面劇を取り入れ観客を飽きさせないような取り組みをしている。同時に、それぞれの自由な表現を可能にするという理由から、ルールや形式に縛られないコンテンポラリーなダンスや演劇のアプローチを取り入れている団体も多かった。その反面、伝統芸能が人々の生活に馴染んでいるからこそ、チケットを購入して舞台を観にいく習慣や、私語を交わさず静かに舞台を鑑賞するという認識がまだ定着しておらず、舞台芸術の移り変わりとともに観客をどのように育てていくかも課題であるように思えた。特に現代演劇の分野はダンスに比べてかなり認識が低く、演劇のトレーニングを受けても劇場もなければ仕事もない、という状況だという。ただ、CLAで出会った若い演劇アーティストによると、現代演劇の俳優は非常に少ないし確かに仕事は限られているが、公演を行うと若者が殺到しすぐにチケットが売り切れるのだという。若者の間では、現代演劇への関心も高まり、チケットを買うという習慣も浸透しつつあるということも言えるようで、カンボジアのアートシーン自体が大きな変遷期を迎えている証拠でもあるだろう。

 私たちのフォーカスであるTYAという視点からいうと、カンボジアではTYAと称して活動を行なっている団体には出会わなかったが、児童青少年に関わる社会の問題や課題に取り組んだり、認識を高めたり、社会に訴えるためのツールとして、舞台芸術というものは確かに非常に有効に使われていて、それは私たちがTYAと呼ぶものと全く根底を同じくするものだと言える。むしろ、子どものための演劇といえば誰もが知っているおとぎ話やエンターテインメント色の強いもの、というイメージが強い地域のアーティストにとっては、カンボジアでのアプローチから学ぶことは多くあるだろう。また、人口の70%が30歳以下というカンボジアでは、”児童青少年”というくくりをあえてつけなくても、観客のほとんどは若者である。その若者のために作品を作ろうとすれば、彼らが生きる社会について考えるのは自然なことであり、あえてTYAと位置づける必要はないのかもしれない。しかしTiny ToonesのShhort氏が指摘するように今すでに若い世代は新たな困難に直面し、Meta HouseのNico氏が言うように若者の過去への無関心が浮き彫りになっていることからも見られるとおり、社会は大きく移り変わり、児童青少年のために求められることも増えてきている。その中で、アジアでともに舞台芸術を通して児童青少年のために活動する仲間たちと繋がり、協力し合うことは非常に重要なことである。

 アジアTYAネットワークプログラムとして今できることは、国や地域を越えたアーティスト同士のクリエイティブな対話の機会を提供することにあるのではないかと考える。例えば同じ”若者のドラッグ中毒”というテーマに取り組む際、どんなプロセスで作品作りを進めるのか、どんなスタイルの作品にするのか、どんな言葉やイメージを使って作品について観客に説明するのかなど、アーティストによって、そのアーティストが拠点とする場所によってアプローチは変わってくるだろう。作品やアーティストのモビリティがまだ高くないアジアにおいて、さまざまなアーティストや作品と出会い、創作の視野を広げられる場というのは非常に貴重な機会であると言える。特に東南アジアの多くの地域においてTYAという分野(もしくは名称)自体への認識は高くないが、実際の活動内容やヴィジョンにおいては共有できることは多くあるように感じる。TYAという名前で括ってしまう前に、純粋にクリエイティブな交流を行うことから始めるのが有効なスタートなのではないだろうか。

Writer’s Profile
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宮内 奈緒
日本
アシスタントプロデューサー/インターナショナルコミュニケーション
りっかりっか*フェスタ
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