アジアTYAネットワークプログラム 希望の地上絵

アジアにおけるTYAは、特定の場所に定着するものではなく、流動的で、常に変化の可能性があるものである
Caleb Lee (シンガポール)

 今年のりっかりっか*フェスタでのアジアTYAネットワークプログラムは東南アジアから5名の参加者と4名のファシリテーターを招聘し、1週間の交流、公演鑑賞、ディスカッションを行なった。これは、フェスティバルによる東南アジアの芸術活動とのネットワーク作りの継続的な努力の一環である。前年度までと同じく、このプログラムはACO沖縄によって主催され、国際交流基金アジアセンターの支援を受けて行われた。オープンプラットフォームであるこのプログラムは、この他にも東南アジア、そしてそれ以外の地域の、東南アジアのTYAに関心のある関係者も受け入れた。さまざまな背景や文化を持つ参加者が集まったことで、ディスカッションの幅を広げ、国際的な視点や実践を含めて進めることができた。今年の参加者はこれまでよりも少なかったが、そのために密接な関係性を築くことができ、参加者同士のより深い関係づくりが可能となった。重要なことは、共通の情熱とお互いの文化への敬意が、期間中を通して、本質を突き、さまざまなことを考えさせるような対話を生み出していったということである。

 今年のプログラムは、作品鑑賞、鑑賞後のアーティストとのディスカッション、そしていくつかのシンポジウムやディスカッションで構成された。ファシリテーターの一人として、私は光栄なことにいくつかのセッションの進行役を任された。その中で見ることができた対話の奥深さと質の高さは、私にとってとても刺激的なものとなった。参加者がオープンに意見や見方を共有できるセーフスペースを作り、批判ではなく、批評ができるように常に心がけた。参加者は作品からだけでなく、他の参加者の考え方やアイディアからも学ぶことができた。さまざまな背景の幅広い参加者がいたことで、新たしい考え方が提案され、作品の言語の幅広さも実感できたことでディスカッションがより豊かなものになった。また、全員がTYAの分野の専門家ではなかったことで、非常に活発で多角的なディスカッションができたことは新鮮な変化であった。

 これまでの対話や、調査訪問から発見したことなどを通して、演劇を社会への関わりを強めるためのツールとして使用するということが、東南アジア地域で子どもたちとともに・によって・のために作品作りを行う実践家にとって非常に妥当な分野であることは明らかであった。そのため、今年のプログラムのフォーカスが、社会変革のためのTYAであったのは非常に塾考された選択であった。このテーマ自体はかなり幅広く、論ずべき点も多かったが、参加者が自分たちの実践を”社会”と”変革”の間にあるものとして考える上で有益な誘発となった。変化のパラダイムはそれぞれのコミュニティやコンテクストによって変わって来るものであるため、参加者はそれぞれの歴史を振り返り、そういった歴史がどのように自分たちの現在の活動を特徴付けているのかを考えることになった。

 期間中で最も顕著だったのは、参加者の数名が自身の方法論を共有した社会変革のためのTYAのワークショップであった。このワークショップは重要な意味があっただけでなく、ふさわしい方法で演劇をツールとして使用することは、子どもたちに、彼らの背景や文化に関係なく力を与える可能性を持っているという事実を再認識させた。さらに重要なことに、社会変革という考えが多くの東南アジアの参加者にとって非常に緊急で、関心の高いテーマであることもわかった。

 今年のフェスティバルではスコットランドフォーカスとして、4つの質の高い作品が上演されたほか、スコットランドマーケットデーも行われた。ラウンドテーブルセッションは、バロウランドバレエ、キャサリンウィールズ、イマジネイト、レッドブリッジといったカンパニーと、参加者との交流の機会となった。演劇的に、キャサリンウィールズの『ホワイト』が参加者の中でおそらく一番人気が高かった。ホワイト(白)を隠喩として、東南アジアの多様性と、”カラフルな”ダイナミクスを反映していた。この作品は、実は色が大好きだけれどそれを怖くて受け入れられない2人のバードウォッチャーの物語。自分たちの情熱を隠しきれず、ついにお互いに色への愛を認め合う。参加者の中でも、またアーティストとも、中身の濃いディスカッションが行われた。スコットランドにおける実践の幅広さを象徴すると同時に、演劇と子どもたちの希望に溢れたイメージを見せてくれた。

 最後に行われた”TYAのこれから”のディスカッションはまさにまとめとしてふさわしいものになった。昨年のプログラムでディスカッションを行なった創造性のいくつかの側面(クリエイティヴィティとマネジメント、実践、アイディアと内容)をベースに、このセッションは参加者がそれぞれの実践における実用性と財産について考える方法として”クリエイティブソリューションとアクション”に焦点をあてた。このセッションでは、 1) 商業性と市民、2) その土地特有のスペースと専門的なスペース、 3) 伝統とコンテンポラリー、 4) ローカルとグローバルの4つのメインのテーマを掘り下げていった。参加者には、これらを相反するものとして考えるのではなく、その間にあり変化の可能性がある中間点について考えることを促した。非常に幅広いテーマではあったが、少しずつでもこういった問題や懸念について考えていくことは必要なことだった。

 ディスカッションや対話、調査訪問を通して、東南アジアにおいてTYAという用語は制限がありすぎることを感じている。これまでのレポートで述べている通り、TYAは西洋において児童青少年の観客のために大人が演じる(芸術的価値の高い)パフォーマンスを定義するものとしてつくられた言葉である。言うまでもなく、この用語はしばしば西洋における文化的、芸術的、政治的な意味合いを含むものである。シンガポール、マレーシア、タイを除き、演劇についての認識(例えば、チケットを購入して、公演を観るという行為)は多くの東南アジアの国においてはまだ定着しているものではない。そのため、東南アジアのコンテキストにおいて行われる児童青少年のための多様な演劇の実践を包括するためには、このネットワークでは代わりに「演劇と児童青少年(Theatre and Young People)」という言い方を採用することを提案したい。この総称をもって、活動における質やプロフェッショナリズムを諦めるということではない。視点や使用する用語をシフトすることにより、よりさまざまな文化におけるより幅広い実践を含むことがでい、子どもたちのための舞台芸術、ということだけに焦点をあてなければならないというプレッシャーをなくすことができる。そして、ベトナムやカンボジア、ミャンマーなど東南アジアの多くの国や地域の実践家が関わる社会変革やコミュニティディベロップメントなどに基づくさまざまな演劇活動を包括し、称えることができるようになる。このようなシフトによって、児童青少年と・による・のための演劇の視点の意味ももたせ、”商品”ではなく”プロセス”としての演劇活動も含めることができるようになるということも重要である。

 今年はりっかりっか*フェスタでアジアTYAネットワークプログラムが開催される3年目となる。何よりも嬉しいことは、東南アジアの参加者がより責任感を強め、具体的なアクションを起こすようになっており、ネットワークが進化していく実践的な段階が進んでいることである。参加者全体の方向性として、経済的、政治的な課題が多いこの地域において、より流動的でゆるやかなネットワークの方が適していると考えている。形式化した構造や選挙による委員会というようなものの代わりに、ネットワークのメンバーをいくつかのワーキンググループにわけ、それぞれの強みや関心(マネジメント、SNS、コラボレーション、助成金、政策など)を生かしてネットワークに貢献していくという参加の仕方が提案された。それによって、さらに民主的で、オーガニックで、新しいアプローチが可能になるだろう。この方法により、このネットワークがより強いものとなり、知識や資源、機会を広く共有できるようになることを願う。

 最後に強く言いたいのは、アジアにおけるTYAは、特定の場所に定着するものではなく、流動的で、常に変化の可能性があるものであるということである。時間やスペースをこえたさまざまな文化やコンテキストに対応していく、常に変化する実践と原理を総括するものである。ここまでの数年間で、アジアTYAネットワークはアジアにおける児童青少年演劇の役割や立ち位置を暗示するいくつかの社会文化的、そして政治的な条件やコンテキストを明確にしてきた。こういった争点によって、新たな考え方への道が開かれ、多くの対話を生み出してきた。この地域における児童青少年のための演劇の未来についてのディスカッションの中心にあるのは、以下の質問である:「児童青少年のための演劇は、どのように希望を描き出し、児童青少年が希望によってどのようなインスピレーションを得られるか?」。アシテジ会長であるイヴェット・ハーディーは1人の実践家として、”私たちは皆、演劇がどのように真に人生を変えるような体験を提供し-観客が見つかるならどこででも-それを現実にできるかを常に問いかけなければならない”(2018世界演劇の日メッセージ)と情熱を持って訴えている。同様に、演劇教育者のキャスリーン・ギャラガーは”希望は実践するものであり、所有するものではない”と述べている。私はこの言葉は研究者、プロデューサー、アーティストとして私たちがじっくりと考えなければならないタイムリーなヒントであり、行動への誘発でもあると考える。この希望の考えこそ、国境があいまいになりつつある21世紀において、常に考えし、また再考しつづけていかなければならないものである。さまざまな背景や活動分野をもつ実践家を招聘し、国際的なプラットフォームに参加する機会を与えてくれたACO沖縄と国際交流基金アジアセンターに心からの感謝を述べるとともに、この道筋を作っていくためにはそれぞれの責任が求められるのだということは常に心に留めておきたい。多くの国で子ども時代の文化が急速に変化している中で、東南アジアの実践形がコミュニティや演劇、伝統、芸術実践、教育、児童青少年を取り巻く複雑なコンテキストと”ぐちゃぐちゃの現実”に関わり続けていくことは、実に差し迫った課題である。

Caleb Lee
シンガポール
Five Stones Theatre
共同芸術監督