アジアTYAネットワーク2018レポート

私たちはお互いに本当に多くのことを学び合い、資源を共有し、トレーニングや、心のケアの部分まで含めてお互いに助け合うことができるようになった
Kung Yu Liew (マレーシア)

アジアTYAネットワークに2016年から2018年まで参加しているメンバー、リサーチャー、ファシリテーターとしてのフィードバックをこのレポートにまとめる。

アジアTYAネットワークへの関わりの外では、私はこれまでペナンのジョージタウンヘリテージフェスティバルの芸術監督をつとめ、現在はペナンで来年に開催を予定しているリトルドアフェスティバルの準備に関わっている。

概要

2016年にACO沖縄(りっかりっか*フェスタ主催団体)によって東アジア、東南アジアにおける児童青少年演劇(TYA)の現状を理解するために始まったアジアTYAネットワークは、各地域で活動するTYA実践家をつなげ、ネットワークを構築し、コラボレーションの可能性を探ることを目的としている。

2018のレポート

2018年のアジアTYAネットワークプログラムは、2018年7月22日から29日の10日間に渡って行われた。プログラムにとっては3年目となり、私自身も3度目の参加となった。

基本的なフォーマットは前年度とほとんど変わっていなかったが、今年最も大きな違いとなったのは、”社会変革のための演劇”に焦点をあてたことにある。これは、カンボジアとミャンマーでの調査訪問で見出したことを反映して行われた。(調査訪問については別リポートを参照のこと)

2018年のアジアTYAネットワークには、私を含めた4名のファシリテーターを含む、11カ国、15名が参加した。

アジアTYAシンポジウムでは、参加者それぞれが自分たちの活動や実戦について共有する時間があった。お互いについてより深く知り、それぞれのコミュニティにおけるTYAと舞台芸術と状況をより理解する意図があった。

こういった個人的な共有のセッションだけでなく、ディスカッションをオープンに行うセッションも3回行われた。これは参加者それぞれが、調査訪問で出てきたことをもとに指定されたテーマについて対話する機会となった。これらの3つのセッションは、TYAと実践、社会変革のためのTYA、アジアにおけるTYAの未来、というテーマで進められた。

前年度と同じく、私たちはフェスティバルのいくつかの作品を観劇し、演出家やパフォーマーとのポストトークを行なった。そして、その後でプログラム参加者の間で個人的なフィードバックを共有し、作品のインパクトや観客への関連性について議論した。

プログラムのすべての活動の中で、この活動は参加者にとってもっとも価値のあるものだと感じている。それは、実践家として、そして観客として両方の目線で作品に向き合うことができ、作品について批評的に議論し、インパクトを評価できるからである。

さらに、このプロセスは文化的、社会的、地理的、政治的な状況についてフォーカスする手助けともなる。一緒に作品を観劇し、それぞれの意見や見方を共有することで、プロフェッショナルとしてのレベルや背景に関わらず、お互いから学び合うことができる。この共有が自分自身の活動についても深く見つめ直させてくれた。

今年観た作品の中で、特に心に残った2つの作品のひとつは、シージャーダンスプロジェクトによる『空に溶けゆく言葉のかけら』だった。ダンスカンパニーのメンバーと、3人の戦争生存者(平均年齢80歳以上)によるパフォーマンスで、戦争の辛さや生存者の記憶を深く描いたこの作品は、フェスティバルで観たどの作品よりも私の心を打った。

パフォーマーのひとりは、苦しい記憶を呼び起こさなければならないために、ほとんどのリハーサルで涙を流していたが、それでも”生きているから、踊れる”というメッセージを届けるためにやり続けた、という話を聞いた。アジアTYAネットワークの参加者全員が、生存者によるこの力強い作品を観て心を打たれ、ムーブメントや歌を通して彼女たちが沖縄戦で体験した苦しみに強く共感した。

もうひとつ心に残ったのは、スコットランドのキャサリンウィールズ劇団による『ホワイト』である。2~4歳を対象にした作品であったが、この作品が発信するメッセージは強力で、衝撃的で、また全世界的なものだった。同時に、若い観客にとっては、楽しく、視覚的にもエキサイティングな演劇体験でもある。

この作品の最も重要なポイントは、他者と異なること、異なる存在に対して心を開くこと、最終的には恐れを乗り越えそういった違いを受け入れること、といったテーマを比喩するものとして、シンプルに、かつ強烈に色を使ったところにある。

多民族・文化・宗教社会であるマレーシアかたきた人間として、この作品は文化的、宗教的、民族的、時には性別の違いを受け入れることに苦闘している自分の国や社会を特に反映している作品だと感じた。この作品を、将来ぜひ自分たちのフェスティバルで上演したいと願う。

2018年のプログラムのまとめはこれで以上となるが、アジアTYAネットワークがもしかしたら今年で終わってしまうかもしれないということで、これまでの3年間関わってきたプログラムについてもまとめたいと思う。

まとめ

芸術と、コミュニティとの活動に強い情熱を持って活動する実践家として、”アジアのコンテキストで私たちの実践をみつめる”ということにフォーカスを置いたこのプログラムは、アジアTYAネットワークは演劇関係者にとって、特にASEANの発展途上国で活動する実践家たちにとって、多大な恩恵をもたらしたと信じている。

TYAに関するシンポジウムは、西洋的な観点に偏ったものがほとんどで、先入観にとらわれた、結果的に上から目線になってしまうようなものが多い。文化は違うかもしれないが、さまざまなアジアの国から集まったこのプログラムの参加者に共通しているところは非常に多く、これはアジアのアイデンティティにフォーカスした演劇文化を作る上で非常に重要になってくるものである。

これまでの3年間で、私は他の参加者とさまざまな話をし、発展途上国で活動する演劇実践家たちが、地域や政府からの芸術に対するサポートの欠如から、しばしば孤立した存在になるがちだということを実感した。

彼らのプログラムへのフィードバックをみると、アジアTYAネットワークプログラムが彼らの多くにとって、プロフェッショナルとして、また社会的な意味でも、キャパシティを広げるための大きな力となったことがわかる。広範囲にわたる仲間たちのネットワークであることに加え、アジアTYAネットワークは参加者が他の文化圏の世界水準の作品を体験し、新しいアイディアに触れることで演劇の可能性を大きく広げるきっかけとなる、非常に貴重で、人々の目を開かせるような体験を提供してきた。

近隣の国々で活動する仲間たちと出会い、交流することは、私たちに自信を与え、一人だけで頑張っているのではない、と力づけてくれた。情熱と、最高の実践を共有する機会を与えられたことで、実践家たちはお互いから学び合い、支え合うだけでなく、自分たちの長所を再認識し、何を改善すべきなのかも確認することができる。

アジアTYAネットワークを通じてできたつながりから、これまでの3年間で積み上げてきたことを発展させ、コラボレーションを継続させていきたいと表明するメンバーが出てくるなど、ネットワークの今後が少しずつ見え始めている。

このレポートを書いている時点で、アジアTYAネットワークに関わる活動を続けていきたいと、私自身が把握するだけで以下のような取り組みやプランが共有されている。

1)Nguyen Hoa My(2018年参加者、ベトナム)

次回のアジアTYAネットワークミーティングを、Ruth Pongstaphoneと何名かのメンバーのサポートにより主催するための可能性を模索している。

2)Kung Yu Liew(私)

私自身も、今年か来年にインドネシアのGunawan JuliantoのフェスティバルTlatah Bocahを訪問し、彼らのコミュニティの失われつつある伝統的な工芸の可能性を学ぶラメに調査訪問を行いたいと考えている。

3)Linda Ang(2017参加者、マレーシア)

マレーシアではじめての乳幼児のための演劇を創作中。2018年11月19日の初演は観劇に行く予定である。

4)Ho Shih Phin(2017年参加者、マレーシア)

2018年9月21日から、彼の学生とともに創作した彼の初めての児童向け作品を初演予定。

最後に

個人的なところで、アジアTYAネットワークは自分自身の成長、自信、演劇への関わりへ大きく貢献する信じられないくらいポジティブな影響をもたらしてくれた。マレーシアで初めてのTYAのフェスティバル(リトルドアフェスティバル)を始めようと思わせてくれるくらいに。

私たちは皆、異なる文化や伝統、そして実践を背景とする別々の国からやってきている。そのばらばらな私たちをつなげ、この地域の舞台芸術の未来を形作るこういったネットワークを、私たちは必要としている。

全員が応用できる”フリーサイズ”の解決策は存在しない。しかし、このアジアTYAネットワークが私たちをつなげてくれたことで、私たちはコミュニケーションをとり、各国の実践家のニーズを明確にすることができた。さらに、私たちはお互いに本当に多くのことを学び合い、資源を共有し、トレーニングや、心のケアの部分まで含めてお互いに助け合うことができるようになった。

最後に、アジアTYAネットワークプログラムがアジアのTYA実践家が成長していくために本当に素晴らしいプログラムであるということを示し、今後も継続していくことを心から願う。

りっかりっか*フェスタと国際交流基金アジアセンターに、私たちを呼んでくださったことに改めて感謝したい。そして、私たちを迎え、滞在中面倒を見てくれた人たちにも感謝する。

・2016年に最初に私をプログラムに呼んでくださった下山久さん

・このすばらしいプログラムをまとめあげ、かつ落ち着いたままでいられる宮内奈緒さん

・すばらしいコーディネートをしてくれた千代その子さん、ザンティ・ラウさん、ジャネット・チョンさん。特に、アイスブレイキングで子どもの頃のゲームや食べ物を紹介するというのは素晴らしい提案で、私たちを子どもに戻してくれた。

そして、この3年間を通して出会った新しい仲間たち、そしてこのプログラムを本当に心に残るものにしてくれたコアメンバーの皆さんに感謝したい。そして最後に、ACO沖縄、りっかりっか*フェスタ、国際交流基金アジアセンターに、2016年から2018年までのサポートに心からありがとうございましたと伝えたい。

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りっかりっか*フェスタ参加者
Kung Yu Liew
マレーシア
Little Door Festival
芸術監督