シンガポール・クアラルンプール調査訪問レポート
シンガポール、マレーシア
宮内 奈緒26/12/16

 2016年11月21日〜24日にかけて、アジアTYAネットワークプログラムの後半のプログラムとなる調査訪問(前半はりっかりっか*フェスタ2016への招聘とネットワーキング)の第1回目として、シンガポール、クアラルンプールへの訪問が行われた。

訪問メンバー:

  1. 下山久(りっかりっか*フェスタプロデューサー/日本)
  2. 宮内奈緒(りっかりっか*フェスタアシスタントプロデューサー/日本)
  3. アジマ・ナ・パタルン(BICTフェストディレクター/タイ)
  4. ケレブ・リー(シンガポールコーディネーター/シンガポール)
  5. クンユー・リウ(クアラルンプールコーディネーター/マレーシア)
  6. ゲイク=チェン・コー(リトルドアフェスティバルプロデューサー/マレーシア)※シンガポールのみ
  7. 酒井祐美(国際交流基金アジアセンター)

 3〜5の3名はりっかりっか*フェスタ2016にも参加しており、ケレブ、クンユーの2名は各訪問地でのコーディネーターも兼ねたメンバーとなった。

 訪問の目的は、シンガポールとクアラルンプールのTYAアーティストや、TYAに関連する活動をしている劇場、団体、TYAを支える助成金団体など、TYAにプロフェッショナルに関わる人や場所を訪問し、現在TYAを取り巻く状況がどのようなものであるか、今どんな動きが見られるのかを調査することであった。各コーディネーターの尽力により、4日間で2つの都市を訪問するというタイトスケジュールにも関わらず、幅広い関係者とのミーティングを行うことができた。

 大まかなスケジュールは以下の通りである。

11/21 (月)【シンガポール】

 午前:シンガポール到着

 午後:エスプラネード・シアターズ・オン・ザ・ベイとのミーティング

11/22 (火)【シンガポール】

 ・ナショナルアーツカウンシル(NAC)、児童芸術センターとのミーティング

 ・ジャパンクリエイティブセンター訪問

 ・シンガポールTYAアーティストミーティング

11/23 (水)【シンガポール】

 ・シンガポールTYA研究会とのミーティング

 ・ラサール芸術大学舞台芸術学部長とのミーティング

 夕方:クアラルンプールへ移動

11/24 (木)【クアラルンプール】

 ・クアラルンプール舞台芸術センター訪問

 ・プレイハウス訪問

 ・クアラルンプールTYAアーティストミーティング

 夜:出発

 1日目は、日本、マレーシアからのメンバーの到着が午前中だったため、午後からの開始となった。この日は、エスプラネード・シアターズ・オン・ザ・ベイ(Esplanade Theatres on the Bay)を訪問した。まずは館内のツアーをしてもらい、その後児童青少年プログラムのチームとのミーティングを行った。

 エスプラネードは、2002年に開館したシンガポール、東南アジアを代表する劇場コンプレックスであり、音楽と舞台芸術をテーマに2つの建物が対称的に並べられたような形をしている。シンガポール政府が発案した国立舞台芸術センターであり、ナショナルアーツカウンシル(NAC)からの助成を受けているが、運営は民間団体が行っている。

 エスプラネードには、メインのホールとして約1800席のコンサートホール、1950席の劇場が、小さなスペースとして245席のリサイタルスタジオとブラックボックスのシアタースタジオ(座席使用時220席)が、その他にオープンパフォーマンスを行うロビーステージや野外ステージがあり、さまざまなプログラムが行われている。意外なのはこれだけの規模の施設にも関わらずリハーサルスペースが1つしかないということである。その問題を解消するために別棟の元ナイトクラブであったスペースを引き取りリハーサルスタジオにしようとしたが、リノベーションをする中でスペースの柔軟性と可能性に気がつき、結局中規模(400名程度)のスペースがないというエスプラネードのもう一つの課題を解決するため、パフォーマンススペースとしても使用できるようにしたそうだ。

 TYAに関わるところで注目すべきスペースは、”ピップのプレイボックス(PIP’s Playbox)”と呼ばれる子どもたちのためのアクティビティスペースである。もともとはレセプションなどでしか使われていなかったシアタースタジオ裏のデッドスペースであったところを、工作やワークショップ、ストーリーテリングなどの活動ができるスペースに作り変えたもの。細長いスペースを、建築家と協力して高さや凸凹を有効に使って子どもたちの好奇心を刺激するような空間にしている。入場は無料で、劇場のメインプログラムに関連したシンプルな活動を家族で楽しむことができる。訪問時はインドシーズンを行っていたため、インド的なデザインのぬり絵ができるコーナーなどができていた。今年2月にオープンしたばかりで、まだこれから充実させていく予定とのことだったが、シアタースタジオと隣接していることをうまく活用し、暗い劇場空間が苦手だったり、障がいがあったりする子どもたちが、このスペースでもスクリーンに映し出される舞台の様子を観て公演を楽しむことができたり、舞台のセットと同じテーマでスペースを作り変えることで作品への導入を行うなどのアイディアは非常に興味深かった。

 劇場ツアーの後は、児童青少年プログラム部の部長およびスタッフとミーティングを行った。エスプラネードには約400のフルタイムスタッフがいて、プログラム部門(ダンス、演劇、音楽などに分かれている)だけでも40-50名が働いているとのこと。部門間での協力もしつつ、それぞれの部門がメインのシーズンをいくつか持っていて、それが連続して開催されることで年間プログラムになっている。ミーティングでは、児童青少年部門が持っている3つのプログラムについて主に話を聞いた。

 ひとつめのプログラムは、2007年から行われている”プレイタイム(Playtime!)”という、年に3回行われる2〜4歳を対象とした児童演劇シリーズである。包括的でイマーシブな経験をテーマに、シンガポールの作家やアーティストと共にローカルな作品をディバイジングで創作する。今年からは”センサリーフレンドリー”(感覚的に敏感な子どもたちでも楽しめるように、音量や照明を調節したり、自由に動いて観れるようにする)な公演を各作品につき3回行うことを始めていて、どんな子どもでも楽しめるような取り組みを行っている。エスプラネードには劇場付きのアーティストはいないため、各プロジェクト毎にインディペンデントな作家や演出家、俳優を集め、エスプラネードのプロデュースで作品作りを行う。

 もうひとつのプログラムは、同じく2007年から開始された”フィード・ユア・イマジネーション(Feed Your Imagination/FYI)”という学校やコミュニティのためのプログラムである。プレイタイムとは異なり、7〜16歳の子どもたちを対象に、年7〜9回行われている。学校のカリキュラムに組み込めるよう、公演だけでなく公演の前後に学校の授業で使用できる教師用パッケージを提供し、2週間から1ヶ月かけて作品のテーマに沿った学びができるようになっていて、より教育的側面を重視したプログラムとなっている。テーマは、7〜13歳は歴史や文化、伝統芸能について理解を深めるようなものが多く、13〜16歳向けのものはフォーラムシアターの形式をとり、いじめやアイデンティティの問題など、より深く掘り下げたものになる。特に、移民や第2世代などが教室に入り混じるシンガポールの子どもたちにとって”シンガポール人であること”を考えることが非常に重要であるとのことで、プレイタイムでもシンガポールの作家の本をベースにするなど、シンガポール人が作るシンガポールの作品を子どもたちに見せ、シンガポール人としてのアイデンティティを持たせることが、エスプラネードの児童青少年プログラムにおいて強く意識されているように感じた。

 最後が、毎年10月に行われている”オクトバースト(Octburst)”というフェスティバルである。子どもの日から始まる週末のフェスティバルで、2003年から毎年行われている。子どもたちによる、子どもたちのためのフェスティバルをテーマに、子どもたちが参加できる芸術プログラムやコンテスト、パフォーマンスを行うほか、ユニコーンシアターやラ・バラッカなど国外から作品の招聘も行っている。オクトバーストの対象年齢は5歳以上で、2〜4歳を対象にしたプレイタイム、5歳以上を対象としたオクトバーストフェスティバル、そして7〜16歳を対象としたFYIと、うまくすべての年齢層をカバーできるようにプログラムが組まれている。

 児童青少年部門ではエスプラネードがプロデュースして作品創作を行うため、2015年からNACの協力のもと、TYA作品を創作するアーティストのためのキャパシティプログラムを行っている。TYAを専門としないアーティストにもTYAに関わってもらい、TYA独自の創造言語を理解し、より良い作品を作るために、ドラマトゥルグなどを創作過程に招くというもの。アーティスト自身の創作意欲に干渉するのではなく、作りたい作品を作るために信頼関係を築きつつ知識的なところでサポートするのが難しいとのこと。

 エスプラネードを訪問し感じたのは、少なくとも児童青少年部門において彼らのプログラムは既にある程度完成されているということである。バランスも内容も、非常に良く考えられている。何か提案があればいつでも検討するとのことではあったが、これから何か新しいことを始めるというよりは、今あるプログラム自体をより良いものにしていくことに関心があるように思えた。ひとつ、訪問メンバー全員が驚いたのは、エスプラネードのスタッフが繰り返し「自分たちには限られたスペースしかない、できることが限られている」と言っていたことである。私たち外側の人間から見ると、この施設には無限のスペースと可能性があるように感じるため、もったいないと思ってしまうが、大きな組織であるし、他にもたくさんの部門があったり、おそらくいろいろと見えない制限があるのだろうということは理解出来る。いずれにせよ、プログラムがどれも、きちんとした背景や長期的な戦略によってつくられ、実行されているのが印象的で、学ぶことも非常に多いミーティングであった。同時に、やはりこの恵まれた環境と、NACとの協力体制がうまく機能しているからこそのものであろうと、うらやましい気持ちで劇場を後にしたのであった。

 2日目の午前中は、グッドマンアーツセンター(Goodman Arts Centre/GAC)にてナショナルアーツカウンシル(National Arts Council / NAC)と、来年新たにオープンする児童芸術センターのディレクター、ルアンヌ・ポー(Luanne Poh)とのミーティングを行った。グッドマンアーツセンターはもともとラサール芸術大学のキャンパスだったところで、現在はその構造を活かしたままNACのオフィスや芸術団体の事務所、スタジオ、リハーサルスペース、ブラックボックスシアターなどが入っている。児童芸術センターも、同じくGAC敷地内にある元講堂を改築してつくられることになっている。

 NACはその名の通りシンガポール政府の助成団体であり、児童青少年のための芸術活動への助成を長く行ってきているが、2012年にまとめられた2025年までの戦略報告で児童青少年のための活動が重要項目となり、特に2年前からは乳幼児向けの活動を重視している。ミーティングには青少年芸術および戦略計画部長、副部長をはじめ、幼稚園での芸術教育を担当しているスタッフや、ドラマ教育を担当とするスタッフが参加した。NACでは助成のほか、幼稚園や学校との連携による芸術教育プログラム(NACがキュレーションするプログラムを学校などが買い付ける。舞台公演の場合はNACからの補助あり)、アーティストインスクールプログラム(教師とアーティストが3〜6ヶ月かけて一緒に活動)、アーティスト向けのワークショップなども行っている。2001年からはNACによるアワードが始まり、2016年から児童青少年最優秀作品賞をつくり、TYAへの認識をより高め、観客層を育てることを目指している。シンガポールには多くのTYA劇団があるが、そのほとんどは4〜10歳を対象に活動しているとのことで、今ノンバーバル作品や乳幼児のための作品を作るカンパニーが求められているとのことだった。しかし、コーディネーターのケレブによると、消費社会のシンガポールではこういった”流行”の移り変わりはとても早く、今は多くの団体が児童青少年のためのプログラムを始めたり、乳幼児にフォーカスをあてているが、数年のうちに需要は青少年(ティーン)向けに変わるのではないかとのことで、社会の動きの早さが芸術活動の動きにも見られるというのは興味深いことだと思った。

 そのNACが来年の夏(遅くとも秋)にオープンを予定しているのが児童芸術センター(Children’s Arts Centre / CAC)である。ディレクターに、今年のりっかりっか*フェスタにも参加したルアンヌ・ポーが就任することが発表され、スペースのデザイン案やプログラムプランについて話を聞くことができた。”好奇心”をテーマに、家族や学校にはすべての子どもたちが来て楽しめるスペースを(アクセシビリティは重要なキーワードとなっている)、アーティストには完成された作品でなくても様々なアイディアを試せるスペースを提供することを目的にする。今シンガポールでは劇場や芸術団体、美術館などによる児童青少年のためのフェスティバルやシーズンがいくつも開催されているが、新しくできるCACの役割は、競争相手になることではなく、現状埋められていないギャップを埋めることであるとし、子どもたちを常に真ん中に置くこと、貧しい、もしくは環境が恵まれていないコミュニティの子どもたち、障がいを持った子どもたちを含めてすべての子どもたちが芸術を楽しめる場所となることをを目指す。CACのプログラムは4つの”S”ーSociety(社会)、School(学校)、Service(サービス)、Seeding(育成)ーを核とする。例えば社会(コミュニティ)のためには、すべてのプログラムを無料とし、誰でもセンターでの活動に参加できるようにしたり、サービスでは青少年をスタッフとして雇用することによって芸術により親しんでもらうだけでなくさまざまなスキルを手にできるようにしたり、育成の部分では、アーティストがワークインプログレスをCACで無料公演できるようにしたりする。CACで作品のディベロップメントを行う場合は、必ずアーティストがCACで子どもたちと一緒に時間を過ごさなければならないなど、アーティストと子どもたちが出会う場所にもなるという。屋外にも小さなスペースがあり、ここは都会環境の中に溶け込む自然を作り出し、もうひとつこれからの世界を生きる子どもたちにとって重要なテーマとなるサステイナビリティを意識したデザインになる予定とのことで、ただ単に子どもたちが芸術に触れる場所というだけでなく、社会やコミュニティ、アーティスト育成まで包括的に考えられた非常に意欲的な施設になる印象で、来年のオープンが非常に楽しみである。オープン以降は、NACの直営ではなく、NACの助成を受けた別団体が運営するとのことだが、すべてのプログラムを無料で行うためのサポートはNACが行うということで、このような実験的な施設を国の機関が作り支援するという体制が出来ていること、国がこういった施設の意義を理解していることは、シンガポールのTYAシーンにとって大きな力となっているのだろうと感じた。

 2日目の午後は、ジャパン・クリエイティブ・センター(JCC)への訪問を経て、シンガポールのTYAアーティストとのミーティングを行った。午前中に引き続きNACにGACのスペースを提供していただき、TYAに関わる活動をするアーティスト(プロデューサーなども含む)約10名が集まってくれた。それぞれの活動の紹介から、それぞれのTYAに対する考え方、シンガポールの社会的、歴史的背景との関わり、多文化性について、保護者の考えについてなど、多岐にわたるディスカッションを行った。特に、中国系、マレー系、インド系が混在するシンガポールならではの課題(公演で使用する言語について、文化の継承について)は非常に興味深く、国際化が進む日本のTYAアーティストがこれから考えていかなければならない問題のヒントにもなるのではないかと思った。ディスカッションの中で話されたことを大きく3つのポイントで紹介する。

① 教育との関係

TYAと教育は切り離すことはできないと明言するアーティストもいる一方で、子どもたちが純粋に芸術を楽しむことが一番だという意見も多かった。ただ、保護者の教育への意欲が非常に強く、学校への要求も高いシンガポールでは、アーティストやNACが芸術的な意義を訴えても、教育的な観点を重視する学校側との関心となかなか噛み合わないことが多いとのこと。そのため、うまく教育的な利益を押し出しつつプログラムを作っていく必要があるようだった。また、言語を学ぶために演劇を観るという意識も強く、英語の公演(特にイギリスなどからの公演はチケット高くても需要が高い)や中国語の公演(国として中国語をマンダリンに統一するという方向とのことで、広東語など”方言”での公演は敬遠されるそう)は学校としても子どもたちに進んで観せたがるが、ノンバーバル作品への理解は低いということもあった。

② 保護者との関係

教育熱心な保護者が多いシンガポールでは、芸術においても、子どもにすべてを理解させたい、させなければならないと考える保護者が多いというのは共通認識のようであるが、同時に子どもたちの方がオープンに芸術を楽しむスキルを持っていると考えるアーティストが多く、保護者に対する教育が必要であると言うアーティストもいた。さらに、TYAが子どもたちにとって与えられる重要な影響は、作品自体だけでなくその作品を観るという体験を子どもと親が共有することによって生まれる人間関係にあるというアーティストもいた。特に大人が忙しい現代社会では、子どもたちにとって、”親が自分と一緒に何かをしている”ということ自体に大きな意味があり、作品の感想を言い合ったり、わからなかったことを子どもが親に質問するというようなコミュニケーションが重要なのだということを保護者にも理解してもらうことが必要なのだと訴えた。

③ 子どもとの関係

TYAは子どもをただ楽しませ、喜ばせるものではない、子どもたちがアーティストを信用しないのは、アーティストが子どもたちを尊重していないからだというアーティストがいた。子どもたちを対等な立場にある一人の人間として捉え、彼らが今生きる複雑な社会を理解し向き合うことがアーティストに求められている。また、子どもたちが芸術を受け入れる力、芸術が持つ力を信じることが大切である。子どもたちにとっては、コマーシャルな舞台も、テレビも、TYAも区別するものではなく、そこに優劣はない。その中で舞台芸術ができることは、さまざまな人々の人生や感情を共有すること、自分とは違う人や外側の社会を認める手助けとなることであるという意識を作り手が意識することが重要である。

 このミーティングは、訪問メンバーにとってはシンガポールのTYAの現状を知るためのものであったが、シンガポールのアーティストにとっても、ワークショップなどで顔をあわせることはあっても、このように集まってTYAについて深くディスカッションをする機会はほとんどない(数年に一度)とのことで、前半は遠慮がちだったのが後半は非常に熱の入ったディスカッションとなった。アーティスト同士がこのように意見を交わし合う場は非常に重要であり、今後児童芸術センターや、もしくはアジアTYAネットワークがこういった機会を定期的に提供していくことはTYAを全体的に発展させる有効な手段であるように思える。

 シンガポールでの最終日となった3日目は、ラサール芸術大学(LASALLE College of the Arts)を訪問した。まずは、TYAの研究グループ stYar(Singapore Theatre for Young Audiences Researchers)のミシェル・リム(Michele Lim)氏とミーティングを行った。リム氏は、シンガポールコーディネーターのケレブ・リーとともにこの研究グループを2015年に設立し、シンガポールのTYAのアーカイブや、TYAに関連する調査とその共有を目的に活動を始めている。シンガポールの消費と便利化が優先される社会において、資料をまとめ、歴史と価値を共有することの重要性を訴えている。日本でも、TYAの意義について学術的、数値的な根拠となるような研究はほとんどされていないが、芸術に関心のない人たちにもTYAの意義を証明するには、こういった研究による根拠が大きな説得力となる。stYarのようなグループがアジアに広がっていくことは、TYAへの認識と評価を高めていく上で非常に重要だと言える。

 その後、ラサール大学舞台芸術学部長と数名の大学教師とのミーティングを行った。ラサール大学では、ここ数年TYAの盛り上がりを戦略的に意識しカリキュラムに反映させており、学生たちの卒業後のキャリアにつながるようなプログラムづくりを行っている。国外のアーティストとの活動にも積極的で、プロのアーティストを招いて学生とワークショップや作品創作も行っている。このミーティングでは、今後の具体的な協力の可能性について話をすることができた。来年以降の協力に向けて、これから相談を進めていきたい。

 ラサール大学でのミーティングの後、メンバーはクアラルンプールへ移動した。その翌日が最終日であったが、クアラルンプール舞台芸術センター(KL PAC)、児童劇団が運営する劇場プレイハウス(The Play Haus)への訪問と、TYAアーティストとのミーティングを行うことができた。

 KL PACは、アクターズスタジオという劇団が運営する民間の劇場である。劇団の前劇場が洪水の被害にあった後、今のPACのある地域をアートのある居住エリアにしようとしていた住宅開発業者との連携によりKL PACが設立された。もともとは160年前に建てられた工場で、その建物に増築する形で今の劇場となっている。約500席のメインシアター、約190席(可動式)のブラックボックスなどの公演スペースと、充実したリハーサルスペース、録音スタジオ、大道具などを作る作業場などが入っている。プランニングの段階からアクターズスタジオが関わっているため、アーティストにとって使いやすいようにデザインされ、レンタル料も通常より安めで、かつ舞台芸術団体が使用する際は割引があるなど、アーティストにとっては使い勝手の良い劇場のようで、ブラックボックスに関しては来年は完全に予約が埋まっているとのこと。政府の助成などはほぼ受けず、スポンサーや寄付、劇場のイベントなどへの貸し出しで収入を得るほか、なるべく予算をかけずに活動を行い、利益をアーティストと分割するなど、セルフサステイナブルな運営を行っている。また、小さな子どもから青少年、大人に向けた演劇アカデミーを運営しており、演劇やダンスを学ぶことができる。

 次に訪問したのが、クアラルンプールで初めて児童劇団が運営する劇場プレイハウス(The Play Haus)である。中国系の児童劇団である紅姐姐が2016年9月にショッピングセンターの中にオープンさせた新しい劇場で、劇団の公演を中心に、外部の劇団による公演やイベント等も行っている。スペースはショッピングセンターから借りていて、賃料は少し優遇してもらっているが、チケット売上へのチャージがあり最終的にはあまり変わらないだろうとのことで、劇場運営だけでは収入が足りないため、子どもたち向けの演劇キャンプやワークショップを収入源としている。劇団の演出家やプロデューサー、俳優、デザイナーは皆非常に若く、10代の頃からパートタイムで関わり現在フルタイムになっている。皆非常に熱意と意欲を持って子どもたちのための演劇に取り組んでいるのが印象的で、こういった若い人材に、世界のさまざまなTYA作品を観てもらうことでより良い作品が生まれてくるのではないかと感じた。

 今回の訪問の最後の活動となったのが、クアラルンプールのTYAアーティストとのミーティングである。国際交流基金KL事務所のご協力をいただき、同事務所で6団体に集まっていただいた。シンガポールと同じようにそれぞれの団体に活動の紹介をしていただいた後ディスカションを行った。シンガポールと同じく、マレーシアもいくつかのコミュニティが混在している背景から、言語をテーマにした部分が特に興味深かった。マレーシアは中国系、マレー系、インド系に主に分かれていて、TYAにおいては劇団のほとんどが中国系であり、中国語で上演される作品が多いとのこと。英語を使っている劇団もいる。マレー系のTYAはほとんど存在せず、インド系もほぼなかったが、最近インド文化を紹介しているセンターが児童向けのプログラムを始め少し動きが見えそうとのことだ。シンガポールと違うのは、シンガポールは国の小ささもありさまざまな文化背景の人々が混在して生活しているのに対し、マレーシアは各文化圏ごとのコミュニティがはっきり分かれていて、劇団も、特定の観客に向けて活動しているところが多いということである。バイリンガル(英語と中国語など)で活動している劇団もいるが、子どもたちは順応性が高い一方で保護者のほうが言語にこだわるケースが多いそうだ。また、政府系の助成金がほとんどないため、公演収入だけでは運営ができず、一度に大人数の子どもたちが参加できるキャンプを開催することで収入を得る方法がポピュラーな印象を受けた。そこには、家族からの需要の大きさもあるのだろうと考える。

 言語の違いもあり、コミュニティをベースに一定の観客を対象としている(例えば、中国語で上演される作品はポスターなど広報自体が中国語になるためターゲットとしている観客がその時点で明確になる)劇団が多いという状況だが、日本と同じくおそらく今後より幅広い活動が求められるようになると感じる。シンガポールに比べると、保護者からの言語教育的な要求は強くないように感じたので、これからノンバーバル作品や多言語作品を創作することでより多くの観客にTYAが開かれていく可能性があるのではないだろうか。そのためには、マレーシア国内外のさまざまなアーティストと出会い、創造的な交流を行うことが大きなサポートとなると考える。シンガポールと同じく、マレーシアでも、今回のようにさまざまな劇団が集まってTYAについてディスカッションを行う機会はほとんどないとのことで、アジアTYAネットワークのような、国やコミュニティを越えたより大きな枠組みに参加することで、マレーシア国内のアーティストのネットワークも同時に生まれ、マレーシア全体でTYAの質が向上していくのではないかと考える。

 訪問期間中、シンガポール、KL両コーディネーターから、沖縄のフェスティバルに参加し、その後今回のコーディネートを務める中で、アジアのTYAについて考えると同時に、自分自身の国や地域のTYAアーティストについてもっと知らなければならない、ネットワークを作らなければならないと感じるようになったというコメントがあった。これはまさにアジアTYAネットワークの第一歩として狙っていたことそのものである。ネットワークのプログラムに参加したメンバーそれぞれが、各地域のTYAの拠点となっていく、という流れができ、それぞれにその意識を持ってもらうことができれば、このネットワークがこれから発展していく力強い基盤となる。今回私たちが各コーディネーターを介して現地のアーティストや関係者と出会うという方法を取ったことで、その意識をより強いものにできたことを実感しており、訪問によって得た情報や人とのつながりと同じくらい、今回の訪問の大きな成果であったと考える。

 また、今回の調査訪問に参加したメンバーそれぞれの今後の動きも非常に楽しみである。特にマレーシアからの2名は作品だけでなく作品に関連した学びを重視した子どものための芸術フェスティバルの立ち上げを目指しており、このネットワークを通じた活動からもいろいろとヒントを得ているようだった。今後アジア各地で質の高い児童青少年のためのフェスティバルや舞台作品が生まれていくのに、このネットワークが継続して貢献していけることを願う。今回の訪問は7月の沖縄以来の再会となったわけだが、人数は限られても、同じメンバーと定期的に会う機会を持つということの重要さを強く感じた。ネットワークを拡大しても、それが自分たちのネットワークであるという意識を持つメンバーがいなくてはそのネットワークはつづいていけない。こうやって直接顔を合わせ、お互いの近況を共有し、同じ目的意識を再確認し、将来的な展望を話し合うことで、アジアTYAネットワークが、私たちが一方的に進める動きではなく、それぞれが貢献しあい、それぞれが利益を享受しあえるネットワークになっていくことを願う。今回の訪問で、次の一歩になりうるプランについて話ができたことがとても嬉しい。

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宮内 奈緒
日本
アシスタントプロデューサー/インターナショナルコミュニケーション
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