ミャンマー調査訪問レポート
ミャンマー
宮内 奈緒26/02/2018

 アジアTYAネットワークプログラムとして3回目の調査訪問として、2018年1月6日から11日まで、ミャンマーのダウェイとヤンゴンを訪れた。これまでの2回の調査訪問では、訪問する場所を拠点に活動する芸術団体や劇場、関連機関を訪れ、それぞれの活動について話を聞くという方法をとっていたが、今回はヤンゴンを拠点とする芸術団体であるニューヤンゴンシアターインスティトゥート(NYTI)が新たにプロジェクトを立ち上げるために行う調査訪問に同行させていただき、NYTIの活動のアプローチを学びながら、ミャンマーでの芸術活動の現状などを学ぶという興味深いものになった。この場をお借りして、同行を許してくださったNYTIにあらためて心からお礼を申し上げたい。

 NYTIは、2012年に設立され、ヤンゴンを拠点に活動する”ソーシャルアクションシアター”グループである。応用演劇や現代演劇の手法を用いて、コミュニティが抱える社会的な課題を探求し、分析し、向き合い、願わくは解決するために活動している。常に活動する地域の団体(しばしば市民社会団体)と協働し、長期的な活動を前提に、コミュニティの人々との信頼関係をベースとしたプロジェクトを行う。NYTIのメンバーであるMay Thet Zawさんとは別のプログラムで2017年のりっかりっか*フェスタに参加していただいた。今回の調査訪問にあたりMayさんに連絡を取ったところ、彼らの調査訪問への同行をご提案いただいたという次第である。そのため今回の訪問のほとんどはヤンゴンから飛行機で約1時間、タイの国境に近いダウェイという小さな町で過ごすことになったが、そのことにより今回の調査訪問はより興味深いものとなった。

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 国際交流基金アジアセンターとの共催事業として2016年にはじまったアジアTYAネットワークプログラムは、東南アジアのTYA実践家とつながり、各地域の現状を知ることで今後の協働の可能性を探っていくことを目的としている。その一環としてこれまで2016年11月にシンガポール・クアラルンプール(マレーシア)、2017年2月にカンボジアでの調査訪問を行った。この調査訪問は、訪問する国や地域におけるTYAについて、その土地の背景とともに知ることができるという点で非常に意義深いものとなっている。文化や芸術はそれだけで独立しているものではなく、その国の歴史や伝統、社会構造、政府の政策やさまざまな要因と密接に関わりあっているのだということを、その土地を拠点に活動する芸術団体や実践家とのミーティングはもちろん、現地のレストランやタクシーなどで人々と言葉を交わすことでより深く理解することが可能となる。

 特にミャンマーやカンボジアといった、最近になって国のシステムが大きく変わった国においては、社会や政治の変化が芸術文化の状況やあり方に直接的な影響力を持っている。今後その国の芸術家とのコラボレーションの可能性を探りたい、もしくはその国で何かプロジェクトを行いたいのであれば、彼らを取り巻く状況をきちんと理解することが不可欠である。この調査訪問は、この点で本当に私たちの目を開いてくれた。例えば歴史の授業や国際ニュースの情報をもとに「長く軍事政権のもとで苦しんでいたが2011年に国が開かれ、約7年が経っている。外国との交流も盛んになってきている」という理解をもとにミャンマーの人々に向き合うのと、「60年以上に渡り、公共の場で5人以上で集まれば逮捕され、登録している住所でしか生活を認められず、隣人同士で監視しあい息を潜めて生きていかなければならなかったのが一転して国が開かれ、外国から人や資本が一気に押し寄せ7年経ったが、まだ本当に自由に行動して良いのかわからない。外国からやたらNGOなどがやってくるが、プロジェクトが終わると満足してすぐ帰るので信用はあまりしていない」という理解で向き合うのとでは、プロジェクトの内容、立ち上げ方、進め方、時間の掛け方などすべて違うものになるだろう。人々が暮らす環境を知り、人々の現実の声を聞き、今必要とされているのは何なのかを真摯に見極める、というのはヤンゴンという大都市を拠点とするNYTIがダウェイのような地方の町でプロジェクトを行う際のモットーであり、そのために今回のような調査訪問を行うとのことだが、これは私たちが他の国、特にこれまで交流がそこまで盛んでなかった国や地域と協働する際にもまったく通用するアプローチである。

 公共の場での人々の集まりが長く禁止された国において、劇場に来て舞台を鑑賞するという行為が馴染まないのは当然のことである。特に現代的な芸術に触れる機会のなかった人々に芸術家を信頼してもらうのにはまだまだ時間がかかるだろう。そのため、演劇人たちが「芸術家」ではなく「ソーシャルワーカー」としてコミュニティに出向き、演劇的なアプローチをツールとして人々の生活を支え、向上させるために活動をする、というのは非常に賢い選択だと感じる。もちろん、優れた芸術鑑賞について意識する前に、日々の生活の中で解決しなければならない課題や困難がある、ということも当然あるのであろうが、まず人々に芸術を身近に感じてもらうという点でも効果的なスタート地点であると言えるのではないだろうか。将来的に、こういった活動に参加した子どもたちが舞台芸術に関心を持ち、より高いスキルを身につけて芸術家として活動したい、もしくはもっといろいろな舞台作品を観てみたい、という欲求を持つことにつながっていくのは想像に難くない。

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 ミャンマーの芸術家を取り巻く環境は、ヤンゴンのような大都市でさえ劇場を持っていない、スキルを磨くためにトレーニングできる場所がない、安定した活動の保証がない、など決して整っているとはいえない。しかしその一方で、社会やコミュニティに大きく踏み込んで、子どもたちと一緒に問題を解決しようとする強い信念を見ると、日本のTYA芸術家が彼らから学ぶべきことは非常に多いと感じる。とかく”想像力”や”感性”、”創造性”などといった綺麗な言葉が飛び交い、どの子どもにとっても”安全”な舞台を届けがちな日本のTYAにおいて、どれだけの芸術家が、NYTIのメンバーが子どもたちを見つめるのと同じ強い目を持って、一人一人の子どもたちに向き合っているだろうか。

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 アジアTYAネットワークの主催者として、私たちはこのプロジェクトの方向性としてベストなものは何かを常に考えてきた。東南アジアと日本の玄関口である沖縄を拠点とする国際TYAフェスティバルとして、東南アジアの実践家との協働はフェスティバル開始当初からのミッションである。また、急速に国際化が進み、特にアジア地域の人々が多く暮らすようになった日本で育つ子どもたちのためにも、このプログラムは重要な意味を持つと考えている。国際交流はもはや国と国の間ではなく、教室で、地域で、強制的かつ極々自然に行われるものとなっている。日本に住む子どもたち(日本人、外国人を問わず)がお互いを認め合い、尊重しあって一緒に暮らしていくために、日本のTYAもまた、より広い視野を持って、新たなアプローチを学び、変化していかなければならない。

 このプログラムが日本のTYAと社会にとって有益であるのと同じくらい、もしくはそれ以上に、アジアTYAネットワークは東南アジアのTYA実践家にとって(将来的には彼らの社会にとっても)意味のあるものでなければならない。それを可能とするためには、まず東南アジア地域の状況についてきちんと理解しなければならない、という考えのもとで過去2年間のプログラムを企画してきた。共催である国際交流基金アジアセンターには、私たちの考え方を信頼し、この長期的なプロセスのための時間と資源を提供していただいていることに心から感謝している。これまでの活動でわかったのは、東南アジアの中でも、国や地域によって芸術を取り巻く状況が大きく異なるということ、地理的、言語的な理由などにより、東南アジア内、または同じ国の中でも芸術家・団体同士が出会い情報交換するつながりができていないところが多いこと、国によってTYA(もしくはそれに相当する活動)に期待されていることや果たすべき役割が異なること、などである。今回の調査訪問の際にも、訪問メンバー内で今後について話をしたが、東南アジアのメンバーにとっても、国によってここまで状況に違いがあるというのは驚きであり、そういった国から人を集めて一緒に何かをやる、というのはまだ難しいのではないかという意見があった。

 これまでこのプログラムを通して出会い、話をしてきた人たちの言葉を思い起こすに、このプログラム、もしくは私たち(りっかりっか*フェスタ、国際交流基金アジアセンター)に期待されているのは共同制作や各地域でのプロジェクトといったいわゆる成果が目に見えやすい(しかし、長期的に残るものは少ない)プロジェクトではなく、東南アジアの実践家のつながりの媒介となっていくこと、りっかりっか*フェスタを活用して日本や世界のTYAアーティストと出会い交流する機会を提供することなど、TYAの向上のための長期的な取り組みにあるのではないかと感じている。NYTIのアプローチに習い、⑴何が必要とされているのかを見極める、⑵関わる人たちとの信頼関係を築く、⑶活動するための安全な環境を整える、といったプロセスを真摯に経ていくことで、このプログラムの存在意義が確立していくのかもしれない。

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 現に今年の5月にはアジアTYAネットワークメンバーであるBICT Fest(バンコク国際児童演劇フェスティバル)が自主的に東南アジアTYAミーティングを企画していたり、私たちの手を離れた場所でさまざまな交流や活動が行われている。それはささやかながら、東南アジアのTYAのこれからにとってきっと大事な大事な一歩なのであろう。アジアTYAネットワークが、これからも長くアジアのTYA実践家にとっての出会いと対話の場となっていくために、私たちの次の一歩も仲間たちと一緒に考えていきたい。

Writer’s Profile
nao-miyauchi
宮内 奈緒
りっかりっか*フェスタ
アシスタントプロデューサー/インターナショナルコミュニケーション
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