1月6~11日まで、国際交流基金アジアセンターとりっかりっか*フェスタによって企画された ミャンマーへのフィールドリサーチに宮内奈緒さん(りっかりっか*フェスタ/日本)、Kung Yu Liewさん(リトルドアフェスティバル/マレーシア)と参加する機会をいただいた。これは2016 年からはじまったアジアTYAネットワークの3つの調査訪問の最後の調査訪問だった。これまでに 私も参加したシンガポール・マレーシアへの調査、そしてカンボジアでの調査が行われた。
ニューヤンゴンシアターインスティトゥート(NYTI)のMay Thet Zawさん、Ruth Pongstaphoneさん、Than Htutさんのご厚意により、ミャンマーとタイの国境に近いミャンマー 南部の街ダウェイでの彼らの調査旅行に同行させていただいた。ダウェイは最近、ミャンマー南 部の海沿いのビーチや島に行く観光客の拠点となっている。滞在中、スケジュールをこなすなか、 また、街中を歩いたりするなかで、いわゆる近代化の波、2011年にミャンマーが開かれたことに より進んでいる新たな発展の動きがこの静かで平和な街にも届いていることが感じられた。農地 のなかに作られた新しい議事堂や博物館、海外の企業の工場や開発地など、多くの建設が行われ ている。新たな道路も作られ、タイのKachanaburi州からミャンマーへの4つの入国ポイントのひ とつであるPhu Nam Ronを通っての外国人のミャンマーへの入国もより容易なものになった。国 家が資本主義を受け入れることによってすぐに引き起こされるこういった変化は、良いことも悪 いことも引き起こす。もたらされる良いこととしては、地元のビジネスへの新しいインフラ、生活 の便利さ、近代的な医療やテクノロジーへのアクセスなどがあるだろう。一方悪い面としては、典 型的な環境問題、地域のアイデンティティや伝統の喪失、それまでその土地に住んでいた人たちが 追い出される、などがある。今回のケースとしては、ダウェイが新しいミャンマーのなかで特に注 目すべき場所のひとつとして、NYTIの訪問が行われることとなった。
演劇作品の創作のほかに、NYTIはコミュニティとの活動も多く、たくさんのアウトリーチプロ ジェクトを行っている。NYTIは”近代演劇が活発で意識の高い、文化的な社会の発達に重要な役割 を果たしうると信じるアーティスト、教育者、学生による、グラスルーツの、非営利の市民社会 団体”(ウェブサイトより抜粋)である。彼らによると、ミャンマーのアーティストは自分たちを エイドワーカーとして捉えていることが多いということである。こういった活動や、いわゆる”社 会を変えるための演劇”は東南アジアのほとんどの国でひじょうに顕著である。調査訪問に来てい たNTYIのメンバーのひとりであるRuthは、タイ人の演出家・舞台美術家であるが、彼女は国の体 制が変わる以前からこのカンパニーと関わっている。彼女の存在を通して、彼らは内側から、そし て外側からの視点をもって活動している。
ダウェイでの調査訪問は、NYTIのダウェイでの協力者であるWint Wah Yuさんによって調整さ れていた。私たちも彼らについて、Dawei Watchという地元のメディア団体、市民社会団体 (CSO)、政治家などとのミーティングに参加したり、寺院学校への訪問に同行させていただい た。観察し、話を聞き、会話をし、質問をした。ミャンマーの近代演劇や児童青少年のための演 劇の現状についての多くの情報は、コーヒーを飲んだり食事をしながらのNYTIメンバーとのカ ジュアルな、かつ生産的な会話の中からもたらされた。
NYTIのやり方は、まずその地域の人たちとの関係を作り、彼らの問題や必要としていることを 理解するところから始まる。そこから彼らの活動について説明し、演劇を通したコラボレーショ ンの可能性を提案する。Dawei Watchのような団体からは急速な近代化による環境や人々の生活 への影響が懸念され、あるCSOからはダウェイの刑務所の状態についてだったり、他のCSOから は郊外の村での彼らの活動について話が出た。NYTIからもアイディアが共有され、そういった問題に向き合い、人々に力を与えるために演劇的なツールを使うことができることが説明された。 地域のコミュニティに彼らそれぞれの問題やコミュニティ全体の問題を話してもらい、深い関係性 を作ることで、ただ単にエンターテインメントを行うのではなく、時間をかければそういった問 題を解決することができるかもしれない、という話が共有された。
寺院学校では、NYTIの子どもたちとの活動を見ることができた。ミャンマーでは、寺院学校は 寄宿学校やデイスクールのような役割を果たしており、孤児や、政府の学校に子どもを通わせるこ とのできない家庭からの子どもなどを受け入れている。寺院学校のカリキュラムは政府のそれに準 じているが、最近まで公的な支援はほとんど受けておらず、昔からコミュニティの寄付に頼ってい る。寺院学校はほとんどが無料のため、恵まれない環境にある子どもたちでも通うことができる。 設備は通常非常に基本的なものだけで、最低限の基準に達していないことも多い(MEC Baseline Report of Monastic Schools, 2014)。私たちが訪問した寺院学校では、地域の子どもたちの他に も、キリスト教徒であるカレン族の子どもたちも受け入れている。最初のミーティングでは、 NYTIのメンバーは子どもたちにクラウンパフォーマンスをみせることでまず場をあたためていた。 寺院学校とNYTIの間では、将来的に一緒に活動を行うことに対しておたがいに関心を持っている ように思えた。
NYTIはまた別の町での調査を続けるため、私たちは非常に少しの時間ではあったがダウェイを 発ちヤンゴンに向かった。しかし、NYTIがヤンゴンを拠点とするアーティスト(Thukhuma KhayeetheのThila MinとNyan Lin Aung、Social Circus MyanmarからJules Howarth、Jean- Noel Walkowiak、Julien Ariza、ストーリーテラーのThant Zin Soe)と会えるように連絡してく れていて、新たに設立された国際交流基金ヤンゴン事務所の佐藤幸治さんも一緒に夕食をとるこ とができた。そこではミャンマーの近代的な演劇の現状についてより深く話を聞くことができた。 ヤンゴンを発つ前の最後のミーティングとして、ゲーテインスティトゥートミャンマーの文化部 門のスタッフの皆さんを訪問し、彼らの教育関連の活動についてや、ヤンゴンにつくる新しい200 席の劇場について、将来的に企画を考えている国際人形劇フェスティバルなどについてお話を伺った。
2011年まで、公共の場所での5名以上の集会が禁止され、今でも政府によるメディアへの規制 が強いミャンマーにおいて、児童青少年演劇はいうまでもなく、近代的な演劇の創作がほとんど 行われていないという状況は理解出来るものである。東南アジアの多くの国々とおなじく、TYA はシアターインエデュケーションや社会の変化のための演劇といったエリアでより活発に行われ ている。NYTIの活動は、タイのMakhampom Arts SpaceやカンボジアのPhareの活動に共通す るところがある。国の政治や、人権や社会の向上の低迷が、人々の暮らしや幸せに大きな影響力を 持つことには疑いがない。こういった状況は、芸術文化の発展の低迷も招くことになる。繰り返 しになるが、NYTIのメンバーは自分たちをエイドワーカーと呼んでいた。もし芸術をその土地の社会事情の予測としてみるならば、東南アジアにおいて芸術は、芸術的な介入よりも、まだ教育 や社会の発展を通して文化の中の社会的な役割を果たすものであると言えるだろう。